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タグ : メンタルヘルス , 俊介(公認心理師・臨床心理士)
2024年11月15日
目次
最近、X(旧Twitter)にて、お風呂に入らないことを『風呂キャンセル界隈』とハッシュタグをつけて発信することが話題になっています。自らの投稿に『#風呂キャンセル界隈』とつけて投稿することが流行し、投稿によっては何万件ものリアクションがついているものもあります。今回のブログでは入浴をしない選択をする『風呂キャンセル界隈』とメンタルヘルスの関連について解説します。
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「風呂キャンセル界隈」とはうつ病などの精神的な不調によって入浴することをやめる(キャンセル)することを指す言葉です。実用日本語表現辞典では「インターネット上で流行したスラングで、入浴を意図的に避ける、または入浴ができない状況を自嘲的、もしくはユーモラスに表現した言葉」と定義しています。語源としては単にお風呂が嫌いな人ではなく、何かしらのメンタル不調によって入浴をしないことを指す言葉のようです。
一言に『入浴』『お風呂』と表現しますが”お風呂に入る”過程には、実に様々なことが含まれています。一つ一つ分割して整理してみると、色々な作業や手続きが溢れており複雑なことがわかります。
このように簡単に分けただけでも10行程に分けることができます。もう少し拡大して考えてみると衣服の洗濯もお風呂の一連の行為に含まれるかもしれません。「お風呂に入る」といっても色んな作業・手続きを含んでいることがおわかりいただけたと思います。
「今日は疲れたしこのまま寝てしまおう…。」と入浴をキャンセルした経験は、誰しも一度はあると思います(ありますよね…?)。上記のように『お風呂』はたくさんの手続きをこなしているわけですから、億劫に感じるときがあるのも頷けます。お風呂をキャンセルするのが一日二日程度であれば、短期的なストレスへの対処行動として機能していると思います(関連項目:精神科医監修|ストレス発散方法がわからないあなたへ!ストレス対処の心理学)。一方、入浴行動への回避が数日以上続いていて「お風呂に入る意欲が湧かない…」といった状態である場合、うつ病など精神疾患の症状である可能性があります。
数日続けて「風呂キャンセル」をしてしまう場合、その状態はうつ病との関連があるかもしれません。
うつ病の診断基準と照らし合わせてみましょう。アメリカ精神医学会の『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』によると、次の症状リストのうち、(①か②を含む)5つ以上の症状が、2週間以上ほとんど毎日持続し、日常生活に支障を来している場合に、うつ病と診断されます。
①抑うつ気分 ②興味・関心・喜楽感情の減退・喪失 ③食欲の変化と体重変動 ④不眠または過眠 ⑤不安・焦燥感 ⑥倦怠感・疲労感や意欲・気力の減退 ⑦自己の無価値感・罪責感 ⑧思考力・集中力・決断力の低下 ⑨希死念慮や自殺企図 |
上記の診断基準に照らすとお風呂に入れなくなることは、「②興味・関心・喜楽感情の減退・喪失」「⑥の倦怠感・疲労感や意欲・気力の減退」「⑦自己の無価値観・罪責感」「⑧思考力・集中力・決断力の低下」に当てはまる可能性があります。
自分のなかで、「なににも興味が持てない…。」「ずっと気力がない状態が続いている…。」「自分なんて価値がない…。」「頭がうまく働かなくなった…。」といったことを感じていたら、もしかしたらうつ病のサインかもしれません。風呂キャンセルと合わせてこのようなことが関連してないか、ご自身でもチェックしてみてください(こちらもどうぞ:精神科医監修|うつ病で休職を検討するサインとは?)。
メンタル不調においては脳の遂行機能(実行機能ともいいます)の低下が出現します(参考:【精神科医監修】認知機能とは?認知機能が関連する困りごと)。遂行機能とは、将来の目標達成のために適切な構え(見通し)を維持する能力のことで、設定された目的を達成するために計画を立て、その計画を適切に実行するための能力です(参考:精神科医監修ライフハック心理学#5【実行機能をわかりやすく簡単に解説】)。この遂行機能が低下すると、衝動的に行動してしまったり、そもそも行動を開始できなかったり、自発的な行動が難しくなることがあります。
前述の通り、入浴はたくさんの作業・手続きの集まりです。平時のコンディションであれば入浴の複雑さは問題にならないかもしれませんが、うつ病の人にとっては非常に難易度の高い行動であり、入浴をためらう十分な理由になり得ます。
風呂キャンセルをしてしまう要因としてメンタル不調の考え方を紹介しましたが、もう一つの原因として、発達障害に伴う発達特性・認知特性によって入浴がしづらくなることが考えられます。
例えば、ADHD(注意欠如多動症)の方の特徴として、先ほど説明した遂行機能がうまく働きづらいことがあります。単純化して説明すると、行動にブレーキをかける役割を担当しているドパミンの働きが弱いことが原因のようです。テレビを見ていたり、スマホをいじっていたりと何か楽しいことをはじめてしまうと、楽しい行動へのブレーキをかけて「入浴」という次の行動に移ることができなくなったり、お風呂でやらなければいけないたくさんの行動への面倒さに対してブレーキを効かせることができず、先延ばししてしまうといったことが生じます(参考:癖なの?病気なの?【先延ばしの科学】精神科医監修ライフハック心理学#3)。
また、ASD(自閉スペクトラム症)に伴いやすい感覚過敏(五感に関わる感覚が過敏であること)によって、水に触れることへの不快感が生じ、お風呂への抵抗感につながるケースもあるようです(参考:【精神科医監修】感覚過敏とスヌーズレン・センサリールーム)。
「風呂キャンセル」することと精神的な不調やその周辺領域との関連について説明してきましたが、続いて、SNSに「風呂キャンセル」と投稿する「界隈」性について、心理学の概念を通じて理解を深めてみたいと思います。
“「風呂キャンセル界隈」と投稿すること”は、風呂に入らないという「私がする行為」を集団に帰属することで、自身の行為への罪悪感を軽減することにつながっていると考えられます。平易な表現に置き換えれば、”みんなもお風呂に入っていないし自分も大丈夫”という心理ですね。これは社会心理学における「正常性バイアス」が働いているのではないでしょうか。”みんなもお風呂に入らない日ってあるよね?”とSNSを通じて界隈(集団)へと問いかけをするわけです。SNSにおけるレスポンスを通じて、”(お風呂キャンセル状態は)自分だけに生じていることではない”と確認できます。”みんなもしているし私がおかしいわけではない”という安心感を得られますよね(認知バイアスについてはこちらもどうぞ:【傾向と対策】感情に関わる5つの認知バイアス|臨床心理士・公認心理師が解説)。
異なる視点から考えてみましょう。『お風呂に入らない/入ることができない状態って果たして大丈夫なのだろうか…』という不安な気持ち。不安をそのまま吐露しても良いだろうシチュエーションにおいて、”風呂キャンセル界隈ムーブメント”はユーモアを交えて不安を投稿するという手段を取っています。投稿を目にした人たちもユーモアをユーモアで返す形で不安解消のお手伝いをしています。心理学の1ジャンルである臨床心理学においては、”ユーモアの活用”を成熟した対処行動として理解します。「風呂キャンセル界隈」は成熟した”不安の対処方法”だと考えることもできるかもしれません(背景にメンタル不調が生じている場合、その場の不安解消は、治療へのアクセスを遅延させる原因になってしまいます。ご注意を)。
「風呂キャンセル界隈」とメンタルヘルスの関係について論じてみました。「お風呂」と言うと一見シンプルな行動だと思うかもしれませんが、実は様々な行動の連鎖であること、意外と複雑且つ強度の高い行動であることが理解いただけたかと思います。むしろ毎日お風呂に入ることを維持するためにかなりのエネルギーを使っているのかもしれませんね。時に風呂キャンセルする日があってもいいのかもしれませんし、風呂キャンセルしたい日があまりに続くようであれば、ご自身を労うタイミングなのかもしれません。
今回はトレンドワードとして「風呂キャンセル界隈」を紹介しましたが、「風呂キャンセル界隈」以外にの「ドカ食い気絶部」や「睡眠キャンセル界隈」といった気になる(?)ネット用語がありますので、いずれ解説しようと思います。
参考文献
【解説】 俊介(公認心理師・臨床心理士) 日々「やらなければなあ」と思うことを先延ばしにしてしまうことはよくあるかと思います。時には過ごしやすくするための工夫を考えたり、他者に援助を求めてみてもいいのかもしれませんね。
【監修】 本山真(株式会社サポートメンタルヘルス代表) 精神科医師、精神保健指定医、日本医師会認定産業医 東京大学医学部卒業後、精神科病院・精神科診療所における勤務を経て、埼玉県さいたま市に宮原メンタルクリニックを開院。医療法人ラック理事長として2018年東京都足立区に綾瀬メンタルクリニックを開院。2019年メンタルクリニックにおける診療から見えてくる社会課題を解決するため株式会社サポートメンタルヘルス設立。 |