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【精神科医監修】運動がメンタルヘルスに及ぼす効果ー健康経営®の活用例ー

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2024年2月16日

最終更新日 2024年2月16日

運動がメンタルヘルスに及ぼす効果を健康経営®に活用する

経済産業省の『健康経営の推進について(令和4年6月)』によると、自社や地域の健康課題に積極的に着手し、健康経営®を実践している事業所は大企業、中小企業ともに増加傾向にあります。最新の情報では、健康経営®に取り組んでいる大企業は72.4%、中小企業は54.1%という調査結果が出ています。

【参考】

特別企画:健康経営への取り組みに対する企業の意識調査(2023年10月26日発行)|株式会社帝国バンク情報統括部, 参照日:2023/12/22

 

同時に、健康経営®優良法人に認定される企業数も増加しています。多くの企業が様々なアプローチで従業員の健康を維持・増進しているというのは心強いですね。健康経営®優良法人の認定基準より、今回は“運動機会の増進”をテーマとして取り上げます。『体と心は繋がっている』とはよく耳にしますが、具体的にはどのような繋がりがあるのでしょうか?

【こちらもどうぞ】

【精神科産業医監修】健康経営のはじめ方|導入と継続のポイントを解説

 

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運動がメンタルヘルスに及ぼす効果


厚生労働省によると、運動機会を多く持っている人は総死亡、虚血性心疾患、高血圧、糖尿病、肥満、骨粗鬆症、結腸がんなどの罹患率や死亡率が低いとのことです。また、運動はメンタルヘルスや生活の質の改善に効果をもたらすと示しています。

参考:身体活動・運動|厚生労働省

 

運動することで、所謂身体疾患による死亡率が下がるのはなんとなくイメージできますよね。医療分野には“運動療法”があります。運動療法とは、心身の健康を損なっている、あるいは損なう可能性があるときに、その治療や予防を目的に実施されるものです。対象となる障害・疾患は、運動器疾患(変形性関節症、腰痛症など)、糖尿病や肥満、循環器や呼吸器、精神疾患、認知症、慢性疼痛(特定の原因はないものの痛みが慢性的に続く疾患)などが挙げられます。

 

日本において、メンタル不調の治療として運動療法が積極的に取り上げられるようになったのは、2012年に日本うつ病学会が治療ガイドラインで取り上げたことがきっかけでした。ガイドラインの中には、軽度うつ病の患者さんに対して週3日以上、中等度の強度で一定時間運動を続けることが明示されています。

 

不調からの改善であっても健康状態の維持であっても、どちらにせよ運動は良いものだ!ということは多くの方が認識しておられることだと思いますが、何がどう作用してメンタルヘルスケアに繋がるのでしょうか?まだはっきりと解明されていない点も多いようですが、運動がメンタルヘルスに及ぼす効果については、脳内の神経伝達物質であるエンドルフィンの作用によるものではないかという仮説があります(エンドルフィン仮説)。

 

エンドルフィン(β-エンドルフィン)とは、痛みを和らげる、胃腸の働きを抑える、幸福感を高めるといった効果を持つ脳内伝達物質で、痛みやストレスが分泌に関与していると言われています。マラソン選手が感じる“ランナーズハイ”は、このエンドルフィンが作用することで生じているのではないかと考えられているそうです。

参考:β-エンドルフィン|厚生労働省, 参照日:2023/12/25

 

痛みやストレスを感じると分泌されて、痛みやストレスが緩和されて、結果的に幸福感を生む…。なんだか不思議ですね。

 

マラソンと言えば大きな負荷がかかる運動だと思いますが、負荷の強度によってメンタルヘルスへの影響が変わるのか示した研究があります(牛島・志村・渡辺・山中, 1998)。この研究では、23~69歳の一般市民28名を対象にエアロビック・ダンス、ニュースポーツ(シャフルボード、フライングディスク、インディアカ、ペタングなど)、水泳、ゴルフ、卓球、創作ダンス、ウォーキング、バドミントン、海洋スポーツ、水中エアロビクスといった有酸素運動講座を実施し、メンタルヘルスへの影響を測定しました。その結果、どの運動も抑うつ感や不安などネガティブな気分を減らし、ポジティブな気分を増大させてくれることがわかりました。

【参考】

牛島一成・志村正子・渡辺裕晃・山中隆夫(1998)有酸素運動が体力及び精神状態に及ぼす長期的影響と短期的精神影響, 心身医学, 38(4), p.280-266

 

フィジカルとメンタルについてはこちらのブログでも解説していますので、ご関心のある方は是非ご覧ください。

【精神科医監修】筋トレで自己肯定感を高める!?メンタルとフィジカルの関係

 

運動が及ぼす効果を健康経営®に活用する


心身の健康を維持できる従業員が増える分、その企業の生産性はアップするはずです。健康経営®の観点に基づき、組織として運動を取り入れ、従業員の健康の維持・増進を積極的に図りましょう!

 

今回は3つのパターンで活用例をご提案いたします。

 

①一般従業員向けのプログラムとして

健康診断の結果、特に異状がない人はその状態を維持するために、メタボ予備軍や運動不足の人は健康度を高めるために、“適度な運動”を推奨します。“適度な”という表現、実際はどの程度なんでしょう?1つの目安として、日常的に座りがち、且つ運動習慣のない人は週3~5日、軽~中等度の強度の運動(ヨガ、体操、ウォーキングなど)を1日あたり20~30分程度行うことが推奨されています。

参考:運動処方|e-ヘルスネット(厚生労働省)

 

日常的に運動を取り入れて健康の維持・増進ができると、アブセンティーズムやプレゼンティーズムの予防が期待できます。

*アブセンティーズムとは不調により就労できない状態(遅刻、早退、欠勤、休職など)のことで、出勤しているものの不調によりパフォーマンスが落ちている状態をプレゼンティーズムと言います。

【参考】

女性特有の健康課題によるプレゼンティーズム対策|精神科産業医監修ブログ

 

一般的な従業員を対象とした健康経営戦略として、健康経営先進企業事例集(2023年3月)に掲載されているものを引用します。

・外部アプリを導入し、従業員に提供。各従業員の健康データの管理、ウォーキングイベントの実施、肩こり・腰痛改善プログラムの実施などを行った。その結果、従業員の生活習慣が改善され、組織的な健康スコアがアップした。フィジカルハイリスク者の人数も減少した。(コニカミノルタ 株式会社様)

・『カラダ改善コンテスト』の開催。従業員がチームとなって筋肉量増加、脂肪量減少、歩数を競い合う。参加している従業員のうち半数以上が数値改善。コンテストへの取り組みを通して健康への意識づけや従業員同士のコミュニケーション活性化に繋がっている。(三菱地所 株式会社様)

・『体力測定会』の開催に加え、外部指導員を招いて『個人に合わせた健康づくりのアドバイス会』を開催した。今後の継続参加希望は100%。個人が体力レベルを確認し、運動意欲が向上。行動変容を促すきっかけの場となった。(ユニ・チャーム 株式会社様)

引用:健康経営先進企業事例集

 

何か新しい取り組みをするとき、初めの一歩がなかなか進まないタイプの方も少なくありません。導入する際は多くの方が参加のハードルを低く感じられるような工夫が求められますね。

 

②周産期の女性向け:産後ケアのひとつとして

周産期には、ホルモンバランスの変動や環境の変化が要因となって不調をきたすことがあります。野村・杉田(2022)は産後の女性を対象に運動プログラムを開催し、有酸素運動にストレス緩和の効果があるか検証しました。その結果、有酸素運動が『快感情』『活力』といったポジティブな心理状態を引き出している可能性を見出しました。加えて、参加者同士のコミュニケーションが『リラックス感』をもたらしたとも示しています。

【参考】

野村由実・杉田正明(2022)運動と対話で構成される単回の出産後プログラムのストレス緩和効果. 運動とスポーツの科学 27(2), p.119-127

 

運動の機会とコミュニケーションの機会、どちらも周産期のメンタルヘルスには重要なポイントだと思います。健康経営®の推進においては、企業内で取り組めることに限らず、外部サービスに関する情報提供も有効なアプローチです。

参考:産前産後の健康経営|日本産後ダイエット協会

 

③メンタル不調による休職中、回復期におけるケアのひとつとして

うつ病などのメンタル不調によって休んでいる場合、運動を導入するタイミングは主治医の判断を仰ぎましょう。『うつ病の治療ガイドラインには“運動推奨”と載っているんじゃないの?』と疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、そのときの回復度合いによっては運動が不調をぶり返す要因になるリスクがあるのです。

 

一般的には、まずはしっかり休んで、睡眠リズムが安定し活動量が増加してきたタイミングで軽度の運動(ストレッチ、ラジオ体操など)を始めます。個人的に取り組む方もいらっしゃれば、外部の支援サービス(リワークプログラムなど)を利用する方もいらっしゃいます。状態がかなり回復してからになりますが、企業として取り組む場合は主治医や産業医と相談のもと、活動量・運動量の確認を踏まえて通勤訓練やリハビリ出勤に繋げるのが現実的でしょう。

 

復職後は、不調の再発を防ぐために少しずつ運動機会を維持・増加することが望ましいです。健康経営®の取り組みとして運動プログラムを導入する際は、必ずしも負荷の高い運動を取り入れるのではなく、個人の裁量で目標が調整できるなど多少自由度が高い設定にしておくと良いかもしれませんね。

【こちらもどうぞ】

【精神科産業医監修】学校では教えてくれない休職中の過ごし方

 

参考・引用資料


  • 櫻澤博文(2019)『メンタル不調者のための復職・セルフケアガイドブック』電子版, 金剛出版

 

【執筆】

若丸(公認心理師・臨床心理士・健康経営エキスパートアドバイザー)

そういえば、弊社でも数年前に『オンラインスクワット』と称して有志で運動に取り組んでいたことがありました。在宅勤務の日には職場とオンラインで繋ぎ、スクワットなどのトレーニングを20~30分程度行っていました。運動不足の私にとってハードな種目もありましたが、お手軽に楽しく取り組めていたのを覚えています。

最近の私はストレッチをしたり散歩したりする程度で、少し気を抜くとすぐ運動不足に陥りがちです…。人によると思いますが、私の場合は一緒に頑張ってくれる仲間がいるのといないのとではモチベーションに大きな差があるように感じます。

 

皆さんも、従業員の健康度アップに向けて気軽に取り組める運動プログラムを企画してみるのはいかがでしょうか?ご関心はありつつも実行するにはハードルが高いという企業様がいらっしゃいましたら是非ご相談ください。

若丸記事一覧

 

【監修】

本山真(日本医師会認定産業医|精神保健指定医|医療法人ラック理事長|宮原メンタルクリニック院長)

 

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