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タグ : メンタルヘルス
2026年6月19日

最終更新日 2026年6月19日
目次
2026年、サッカーワールドカップが開催されています。ワールドカップのたびに、「最近のサッカーは難しくなった」と感じる人もいるのではないでしょうか。
かつてのサッカーは比較的シンプルでした。4-4-2や3-5-2といったフォーメーションが重視され、選手は与えられた役割を忠実に遂行することが求められていました。
サイドバックはサイドバックらしく、センターフォワードはセンターフォワードらしく、監督が描いた設計図を、選手たちが再現することが重視されていた時代です。
しかし現代サッカーは様変わりしました。ボール保持時と非保持時でシステムが変化し、選手は複数の役割を担います。試合中には絶えず状況が変化し、その都度、選手自身が判断を下さなければなりません。
監督がすべてを指示する時代から、選手が考える時代へ。
実は、このドラスティックな変化は、サッカーのピッチ内だけで起きているわけではありません。 私たちが生きる現代社会、そのものの縮図でもあるのです。
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近年のスポーツ科学において、技術や体力以上に注目されている要素があります。 それが「意思決定能力(decision making)」です。 優れた選手ほど、激しい疲労の中に置かれても、状況に応じた最適な判断をピッチ上で下し続けられることが分かっています(Dambroz ・Teoldo,2023)。
前からプレスが迫る瞬間、ロングボールで逃げるか、ショートパスで剥がすか。
味方が作ったスペースへ走り込むか、自らドリブルで切り裂くか。
選手たちはこうした正解のない問いを、90分間で何百回も繰り返しています。しかも、その判断には正解がありません。結果論として、成功か失敗かが決まるだけです。
つまり現代サッカーは、「再現性のスポーツ」から、変化に飛び込む「適応性のスポーツ」へと進化してきた、と言えるかもしれません。
この変化は、私たちの日常に驚くほどシンクロします。少し前までの社会には、誰もが疑わない『正解』のルートがありました。
良い学校に入り、良い会社に入り、定年まで勤め上げる。 引かれたレールを走るという意味で、かつての社会は「再現性の時代」だったのかもしれません。
ところが、現代はどうでしょう。
ー転職は当たり前になり、副業が広がり、AIが仕事の在り方そのものを変えていく。
ーSNSを開けば、見ず知らずの誰かの『正解らしき人生』がタイムラインを埋め尽くす。
キャリア、結婚、子育て、資産形成などなど…。
何が正しい選択なのか分からないまま、選択が正しかったのか答え合わせもできないまま、私たちは毎日のように決断を迫られています。
サッカー選手がピッチの真ん中で立ち尽くす暇がないように、現代人もまた、人生というピッチの上で判断を求められ続けているのでしょう。
メンタルヘルスを語るとき、私たちはつい『仕事の量』に目を向けがちです。 タスクが多いから疲れるのだ、と。
しかし近年、それだけでは説明のつかない疲労が注目を集めています。
学術的には『メンタルファティーグ(精神的疲労)』と呼ばれるものです。
精神的に疲労した選手はパス判断や技術的パフォーマンスが低下し、試合中の意思決定にも悪影響を及ぼします。(Smith他,2016)。さらにシステマティックレビューでは、精神的疲労がサッカー選手の技術面や認知面のパフォーマンスに影響を与えることが示されています(Sun他,2022)。
これは選手たちに限らず私たちも同様です。
私たちは日々無数の判断を繰り返しています。
一つひとつは小さな選択でも、それを何百回、何千回と積み重ねるうちに、脳のエネルギーは確実に削られていきます。私たちが日々感じているあの重い疲労感。それは身体の疲れではなく、絶え間ない「判断の疲れ」なのかもしれません(参考:判断疲労とは?考えるだけで疲れる理由と脳を休ませるセルフケア)。
ワールドカップを見ていると、強豪国ほど試合中の修正力が高いことに気づきます。想定通りに試合が進むことなどほとんどありません。
相手の戦術変更、予期せぬ退場者、不意の失点、突然の豪雨によるピッチコンディションの変化。
それでも強いチームは、あらゆる環境の変化にアジャストします。
彼らが強いのは、『正しい答え』を知っているからではありません。『予期せぬ変化』にその場で適応する能力が圧倒的に高いからです。 近年のサッカー育成でも、固定的な動きを覚えさせるより、変化する状況の中で自ら解決策を見つけるトレーニングが重視されています。こうしたアプローチは適応力や意思決定能力の向上につながるとされています(Esposito他,2024)。
このアプローチこそ、現代のメンタルヘルスを生き抜く最大のヒントです。
私たちはつい、『ストレスがまったくない状態』を健康だと考えてしまいがちです。 けれど、激しいプレッシャーのないサッカーが存在しないように、不確実性のない人生などあり得ません。大切なのは、ストレスをゼロにすることではなく、変化の波にうまく乗ることだと言えます。
世界保健機関(WHO)は、メンタルヘルスを単に『病気ではない状態』とは定義していません。
自らの能力を発揮できること
日常のストレスに対処できること
社会に貢献できること
つまり、メンタルヘルスとは、激しい変化の中でしなやかに発揮される『能力』そのものなのです(こちらもどうぞ:産業医監修|レジリエンスを高めるー組織レジリエンスとは?ー)。
それは社会の変化を映し出す鏡でもあります。かつては監督が考え、選手が実行する時代でした。しかし現代は、選手自身が状況を読み、自ら判断しなければなりません。
同じことが、私たちの日常にも起きています。
正解が与えられる時代から、自ら考える時代へ。
だからこそ現代人は疲れます。
そして、だからこそ、これまで以上にメンタルヘルスが重要になっています。
もし最近、「なんとなく疲れる」と感じているなら、それは仕事量の問題だけではないかもしれません。あなたは今日も、人生というピッチの上で数え切れないほどの判断をしているのです。
ワールドカップの選手たちがそうであるように。そして本当に強いチームが、変化への適応力を持つチームであるように。
私たちに求められているのもまた、変化に適応できるしなやかさなのかもしれません。
【監修】 本山真(代表取締役社長) 精神科医師/精神保健指定医/日本医師会認定産業医/医療法人ラック理事長 2002年東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院で研修。川越同仁会病院、不動ヶ丘病院の勤務を経て、2008年埼玉県さいたま市に宮原メンタルクリニック開院。2016年には医療法人ラックを設立し綾瀬メンタルクリニックを開院。2019年株式会社サポートメンタルヘルス設立。 |
参考文献