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【産業医監修】データから考えるパワハラ防止法【義務と罰則】

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2021年4月2日

最終更新日 2024年1月19日

データをもとにパワハラ防止法の義務と罰則を解説

 

あなたがもしパワハラの被害者になったらどうしますか。

 

厚生労働省によるH28年度の調査によれば、パワーハラスメント被害経験者のうち40.9%が「何もしなかった」と回答、理由として「何をしても解決にならないと思ったから」、「職務上不利益が生じると思ったから」と答えているのです。

 

 

雇われている会社に物申すのはとても勇気がいることです。その後の人生への影響が気になります。大きなリスクを侵したところで解決はするのだろうか、とも思ってしまいます。結果、多くの人が「何もしない」という選択をしてしまうのではないでしょうか。

 

2020年6月のパワハラ防止法により、あらゆる企業におけるパワハラ対策は義務となりました。企業の規模を問わず、パワーハラスメントが起きないような体制を整えてなくてはなりません。対策が義務化された『パワハラ』とはどういった言動を指すのかについて、パワハラの定義も明確に提示されています。言動がパワハラの定義に該当すれば、誰もが被害者にも加害者にもなりえます。「そんなつもりはなかった」では済まされないのです。

 

データから見るパワハラ問題


厚生労働省が設置する総合労働相談コーナーにおける総合労働相談件数は約111万8000件(平成30年)、そのうち「いじめ・嫌がらせ」に関する民事上の個別労働紛争の相談件数が過去最高だったということです。「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数は、過去10年間で最も増加しており、その件数は約2倍以上上昇しています。職場における対人関係関連の問題は多発・増加しており、非常に身近なものであることがわかりますね。

【参考】平成30年度個別労働紛争解決制度の施行状況|厚生労働省

 

話をパワハラに限定してみましょう。労働者対象の相談窓口において最も多い相談ごと、パワーハラスメントなんですね。【約3人に1人】が過去何らかのパワハラを経験しています。見た・感じた・相談を受けたパワーハラスメントの半数以上は「精神的な攻撃」であることも明らかになっています。

【データ出典】平成 28 年度 厚生労働省委託事業職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書

 

パワハラを受けた経験が一度のみであっても約6-7割の人が「怒りや不満、不安」、「仕事に対する意欲の減退」を経験します。そして、パワハラを受けたと感じた経験の頻度が高まるほど、心身への影響は高まります。従業員が不調を抱えること。不調が悪化すること。その人数が増えていくこと。どれをとっても会社全体の損失につながることは明らかです。

 

厚労省調査によれば、1000人以上の企業におけるパワハラ対策実施率は88.4%。会社の規模が小さくなるほど対策実施率は低くなり、99 人以下 の企業では 対策実施率は26.0%。2022年4月のパワハラ対策義務化に伴い、99人以下の企業で考えれば7~8割の企業に対策を講ずる義務が発生したわけです。

【参考】職場のパワーハラスメントに関する実態調査について|厚生労働省

 

【専門職解説】ハラスメント対策シリーズ

 

そもそも論として何故パワハラは生じるのでしょうか?第7回職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会資料(厚生労働省)を引用します。

 

パワーハラスメントの要因の根幹は、コミュニケーション不足。

パワーバランスが上手くいかないことで、職場が上手くいっていないことが原因。

パワーハラスメントには、個人に問題がある場合、組織に問題がある場合、個人に問題があり、その背景には問題に対する組織の対応や対策にも問題がある場合がある。

パワーハラスメントは多様化している。企業規模別、業界別、職種別の実態がわかるとよい。

パワハラ対策は上記パワハラの原因を参考に練り上げられたんですね。

 

パワハラ対策における企業の義務とは?


さてパワハラ防止法に基づき企業は何に取り組んだらよいのか。そして何に取り組まなければならないのか。各種ハラスメントを防止するため事業主が雇用管理上講ずべき措置】として厚生労働大臣は4つの指針を定めています(令和2年厚生労働省告示第5号)。こちらは必ず講ずべき措置=義務という扱いです。パワーハラスメントについて下記引用します。

(1)事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発

(2)相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備

(3) 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応

(4)そのほか併せて講ずべき措置(プライバシー保護、不利益取扱いの禁止等)

【引用】職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!|厚生労働省パンフレット

 

パンフレットを参考に筆者作成

 

(1)事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発

①職場におけるパワーハラスメントの内容・パワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること

②行為者について、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等の文書に規定し、労働者に周知・啓発すること

 

事業主は、【パワーハラスメントとは何か】について周知するとともに、パワーハラスメントを行ってはいけないことを明確にしたうえで労働者に周知しなくてはいけません。パワーハラスメントを行った場合の方針や対処に関して明文化しておく必要があります。

 

周知・啓発の具体的な例としては、社内HPやパンフレット、社内報に掲載する、パワーハラスメント対策に関する研修・講習等を実施するといった方法があるようです。さらにパワーハラスメント防止の効果を高めるためには、その発生の原因や背景について労働者の理解を深めることが重要であるとされています。

 

周知・啓発のポイントは、現実場面とむすびつけた明文化し、それを掲載するだけではなく、研修や勉強会によって共通理解を図ることです。研修は管理職層を中心に職階別に分けて実施し、起こりうる場面を想定した例や実例を用いたロールプレイを取り入れたりするとより効果的であるようです。

【参考】職場のパワーハラスメント対策 取組好事例集|厚生労働省(pdfファイル)

 

(2)相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備

③ 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること

④ 相談窓口担当者が、相談内容や状況に応じ、適切に対応できるようにすること

 

今回のハラスメント対策義務化における注目ポイントがこちらです。大小問わず、あらゆる企業に相談窓口を設置する義務が課されるんです。相談窓口は建前的な設置ではなく、相談に対し適切に応じる機能が必要です。相談に対応する担当者をあらかじめ決め教育しておく、業務中に相談できる制度を設けるといった準備が必要です。大きなコストですから、厚生労働省は相談窓口の外部委託といった方法も提案していますね。

【参考】職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!|厚生労働省パンフレット

 

自前で相談窓口を設置する場合、『多重関係』について十分ご配慮ください。弊社ブログ引用します。

自身の人事評価を行なう上司に対し、部下にあたる社員がフラットな気持ちで何でも相談できるでしょうか?
仲の良い同僚からハラスメント被害の相談を受けたときに、ハラスメントをしている社員(行為者)といつも通りに仕事ができるでしょうか?

これは、カウンセリングの世界において二重関係や多重関係と呼ばれ、倫理的、方法論的に特に強く禁じられている行為です。

【引用】ハラスメント相談窓口義務化にどう対応する?【産業医解説×パワハラ対策】

上記に加え、相談を受ける担当者のケアも必要でしょうし、担当することによって孤立してしまうことを避ける工夫も取り入れたいところですね。

 

(3) 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応

⑤ 事実関係を迅速かつ正確に確認すること

⑥ 速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと

⑦ 事実関係の確認後、行為者に対する措置を適正に行うこと

⑧ 再発防止に向けた措置を講ずること

 

事業主は、事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認する必要があります。具体的には、当事者からの主張に不一致があった場合は第三者からも事実関係を聴取する、それでも確認が困難な場合は、中立な第三者機関に紛争処理を委ねる等の対応が必要です。また、起きた問題における被害者に必要な対応として、配置転換、労働条件の再考、双方へのメンタルヘルスへの対応(相談対応)等の対応が求められます。パワーハラスメント行為が認められる場合は、行為者に対して、規定した内容に従い、必要な懲戒、処分等といった対応も義務付けられています。

 

聴取の結果、パワーハラスメント行為が認められなかった場合においても、事業者は再発防止に向けた措置を講じる必要があります。事案が起きてから考えるのでは、対応が遅れてしまう可能性があるからですね。再発防止においては、「(1)事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発」における措置を強化することも一つの手段だと言えます。

 

(4)そのほか併せて講ずべき措置

⑨ 相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その 旨労働者に周知すること( プライバシーは性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報も含む。)

⑩ 相談したこと等を理由として、解雇その他不利益取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること

 

上記1~3と合わせて、相談者や行為者のプライバシーを保護するとともに、相談したことで不利益が取り扱いをされない旨を定め、これらを労働者に周知・啓発する必要があります。具体的には、『あらかじめマニュアルに定め、マニュアルに基づいて対応する』、『プライバシー保護に関して、担当者に必要な研修を行う等を徹底する』、合わせて『「1」と同様に社内HPやパンフレット、社内報に掲載し周知する』方法があります。

 

【資料】

ハラスメント関係資料ダウンロード|あかるい職場応援団(厚生労働省)

パワーハラスメント対策導入マニュアル(第4版)pdfファイル

パンフレット「事業主の皆さまへ」pdfファイル

パワハラ6類型のイラストカード(6点)

【引用】あかるい職場応援団(厚生労働省)

 

パワハラ防止法の罰則規定は?


2024年時点では、パワハラ防止法を順守していない企業への罰則はありません。ただし、労働施策総合推進法第33条において下記の通り規程されています。

厚生労働大臣は必要があると認める時は、事業主に対して助言、指導または勧告をすることができる、規定に違反している事業主に対して、第33条の勧告を受けても従わなかった場合は、その旨を公表することができる

【引用】労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律

 

罰則規定はないものの、労働人口の減少が叫ばれる昨今、企業のブランドイメージ低下は大きなペナルティだと言えるでしょう。また、過去には、労働者間のパワーハラスメントが認められ、会社に損害賠償義務が認められた事例もあります(上司のパワーハラスメントが原因で休職したものとして地位の確認と損害賠償を請求した事件|厚生労働省あかるい職場応援団)。罰則規定の有無に関わらず、日ごろからパワーハラスメント対策において、企業全体で理解を深め、防止に努める必要があるということですね。

 

パワハラ対策の効果とは?


パワーハラスメント対策の効果をデータで確認してみましょう。先にも参考にしている【厚生労働省|H28年(2016年)「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」】によれば、パワハラ対策に「全く取り組んでいない」企業と「対策に積極的に取り組んでいる」企業とで過去3年間におけるパワハラ事例経験の有無を比較すると29.5%vs22.5%、実にパワハラ対策の有無によって1割近い差が生じていることが明らかとなっています。

 

パワハラ対策はパワーハラスメントの予防・解決につながるだけでなく「管理職の意識の変化によって職場環境が変わる」(43.1%)、「職場のコミュニケーションが活性化する/風通しが良くなる」(35.6%)、「休職者・離職者の減少」(13.4%)、「メンタルヘルス不調者の減少」(13.1%)といった副次効果も得られるんです。

 

パワーハラスメント対策に取り組むことで、パワハラ問題の予防だけでなく、職場環境の雰囲気の向上につながり、“働きやすい職場”づくり、従業員満足度の向上、延いては企業のブランディングにもつながるわけです。

 

なるほどわかった。でもどこから手をつけたらいいのでしょう。先程の調査データを参考にするのであれば、従業員への研修、及び相談窓口の設置が効果的だと言えそうです。具体例を挙げてその有用性を考えてみましょう。

 

社会で働くものとして“意図せず生じるハラスメント”心配ですよね。ハラスメントは要因が複雑である故に、意図しないハラスメントが起きてしまう可能性があります。例えば、ジェネレーションギャップ。パワーハラスメントの要因になってしまう可能性が大いにあります。

【こちらもどうぞ】

公認心理師執筆|具体例を交えてアンコンシャスバイアスを解説!

 

ポイントは認識の違い。生きてきた時代背景が異なるからこそ、「当たり前」が異なっているのです。ものすごく極端な例ですが、『仕事が終わるまでは帰らない、残業はあたり前、怒られてなんぼの世界と生きてきた上司』が、『仕事はいかなるときも定時で帰宅、怒られなれていない部下』と接するケース。

 

もし仕事が残っているのにも関わらず、定時で帰った部下を、上司が当たり前に当たり前のことと認識して叱ったとしたら、部下からすれば、立場を利用し常軌を逸脱した指導で苦痛を与えられ、業務に支障をきたしたと、パワーハラスメントを指摘されてしまう可能性もあります。

 

こうした事案に対処するためには、まずは会社全体で共通認識を持つことが大切になります。そこで従業員に対する研修の実施です。パワーハラスメントに関する知識を従業員がしっかりと把握し、そのガイドラインを認識しておくことです。そして日ごろから一人一人が気を付けることが、少しずつ「当たり前」のズレの解消につながるでしょう。

 

ハラスメント問題は多様化しており、企業の業種や年齢層、そして個々人の背景によって問題が生じる要因は様々であす。ひとまとめに効果的な対策を提示するのは難しいですよね。だからこそ個々の企業にあった対策を確立していく必要があるのです。そんな時、有用なのが相談窓口の設置です。相談窓口の設置は、被害者の駆け込み寺としての役割を果たすだけでなく、会社のハラスメントの状況を把握することにつながると報告されています。問題が生じやすい要因を分析することが出来、結果として自分の会社の実情により即した対策の構築に繋がるというわけです。

 

パワーハラスメント対策は早めの取り組みが肝心!


パワーハラスメントという言葉が最初に使われたのは2001年頃とされています。言葉だけでいえば、今ではほとんどの方が知っている言葉なのではないでしょうか。かつての会社の風習は、今でいうハラスメントに当てはまることも多いですよね(それが根源になって対策が設けられているので当然なことですが)。

 

わかりやすい例でいえば、人気ドラマの「半沢直樹」。「部下の手柄は上司のもの」「上司の失敗は部下の責任」。沢直樹に降りかかる困難は、みるからにパワーハラスメントですよね。それだけではありません。どこをどう切り取ったらいいのか、、というくらいのハラスメントが蔓延状態笑。

 

一番こわいのは、会社の風習として当たり前のようにハラスメントが起きていることです。「どこをどう切り取ったらいいのか」と述べたように、ハラスメント行為が会社の中で当たり前になってしまうと、危機管理意識が薄くなり、被害者を増やすだけでなく加害者にもなりやすくなります。また、そうした風習の会社のなかでハラスメント被害を訴えることは自分の立場を脅かすことにもなりかねません。そうした結果、冒頭で申し上げたように「何もしなかった」という人が多数を占める結果となる訳です。

 

長年培われた風習を変えていくのはとても大変なことです。そのため、早めの取り組みが肝心です。実際に、厚生労働省が取り上げている、ハラスメント対策の好事例では何年もかけて見直しや修正を繰り返し、その会社に合った対策を確立していっていることがうかがえます。

 

【監修】

本山真(産業医/精神科医師/医療法人ラック理事長)

【執筆】

ayano(公認心理師・臨床心理士)

ハラスメント対策と聞くとどうしても後ろ向きなイメージが伴います…。【魅力的な職場作り】【従業員が働きやすい環境作り】【選ばれる組織作り】などなど。リフレーミングと呼んだりしますが、視点を変えることで物の見え方が変わりそうです。【事が起きてしまうのを避けるため】にとどまらないパワハラ対策。一緒に取り組んでみませんか?

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