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【職場で使える動機づけ面接】ワーク・エンゲージメントを高めるスキル

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2024年10月25日

最終更新日 2024年10月29日

ワーク・エンゲージメントを高めるスキルとして動機づけ面接を活用

動機づけとは?


動機づけとは心理学や社会科学にて用いられる専門用語で『目標や目的に向かって行動を起こし達成するまで続ける過程や機能』を指します。

例えば、やる気が起きず宿題が捗らない…という状況にいると仮定します。

『ちゃんとやらないと先生に怒られるなぁ』

『この問題を今できるようになっておけば後が楽だなぁ』

上記以外にもいろいろな思い・考えが湧いてくるかもしれませんが、なんとか宿題をやり遂げたとしましょう。“宿題をしない”から“宿題を完遂する”という行動変容が起こりました。行動変容にダイレクトに影響しているのが『先生に怒られる』『後で自分が楽』といった思い・考えです。これらが動力(エンジン=動機づけ)となっているんですね。動機づけには様々な種類があります。

 

【参考】精神科医監修:やる気の科学『動機づけと自己決定理論』

 

動機づけ面接とは?


動機づけ面接は相手の行動変容を促すためのスキルです。動機づけ面接の始まりは1980年代の依存症治療に遡ります。もともとはアルコール依存症患者へ対応する中で、アメリカのMillerらが提唱した手法でした。断酒・節酒ができる患者と難しい患者の性質の違いを調べ、治療者側の対応によって変化が起こせることを示しました。具体的には、患者の気持ちに“寄り添う姿勢”でいる治療者が対応した場合、患者は治療に協力的な姿勢で行動変容の必要性を理解したり、自ら変化を希望したりするようになったそうです。

 

動機づけ面接の大切な要素(基本原則:スピリットとも言います)をご紹介します。

① 協働すること(Partnership)

患者と治療者との協力関係を指します。治療者は、患者が自己理解を深め、行動変容に向けた道筋を自ら見つけられるようにサポートする役割を果たします。

② 受容すること(Acceptance)

考えや価値観はひとりひとり異なるものですが、患者の価値観や言動を尊重し、相手(患者)を価値ある1人の人間として受け入れることを指します。このような無条件の受容は患者の安心感に繋がります。

③ 思いやること(Compassion)

治療者が患者の立場になって考え、相手(患者)の状況・状態を理解しようとすることを指します。“受容すること”と同時に思いやりや共感の姿勢を示すことで、患者は安心感の中でより自由な話し合いができるようになるのです。

④ 喚起すること(Evocation)

治療者の役割は患者の中にある動機や能力を引き出すことです。患者が既に持っている(自分では気づいていない)リソースに焦点を当て、患者自身が自分の中にある解決策を発見することから行動変容をサポートします。

この4つの基本原則は頭文字を取って“PACE”と呼ばれています。PACEに従って段階を経て具体的な行動計画、行動変容に繋げていくのが動機づけ面接です。それでは、具体的な手法についても見ていきましょう。

 

動機づけ面接を職場に活用しワーク・エンゲージメントを高める


上述した患者-治療者関係を、部下-上司に置き換えて考えていきましょう。職場において動機づけが高まっている状態というのは、ワーク・エンゲージメントの高い状態とも言い換えられるでしょう。ワーク・エンゲージメントとは、『仕事から活力を得ていきいきとしている』(活力)、『仕事に誇りとやりがいを感じている』(熱意)、『仕事に熱心に取り組んでいる』(没頭)の3つが揃った状態と定義されており、仕事に関連するポジティブな心理状態のことを指します。

 

【参考】産業医監修【心理的安全性の高め方】パフォーマンスが高まるリーダーシップ

 

ワーク・エンゲージメントの高い状態へ変容していくためのスキルについてこの後解説しますが、まず大前提として、個人差はあるものの行動変容が生じるまでにはいくつかの段階を経ることがわかっています。行動変容が起こるまでに要する時間は人それぞれです。対象となる相手は“今どのステージにいるのか”について正確にアセスメントし、その人がいるステージに合わせて働きかけていくことが必要となります。

 

話題を戻しまして、ワーク・エンゲージメントの高い状態へ変化させるために有効なスキル(動機づけ面接の基本スキル)をご紹介します。

① 開かれた質問(asking Open question)

相手が『はい』『いいえ』だけでは答えられない質問です。このスキルによって話す内容は相手に委ねられ、質問された側は先入観なく考えていること・思っていることを自由に答えることになります。

例)

  • どんなことで困っているのか、話してもらえますか?
  • チームの中で何があったのか、教えてください。

② 是認(Affirming)

是認には2種類あります。1つは、行動としての是認です。相手の建設的な態度や行動について認めるフィードバックをします。行動変容に繋がるような発言・行動・態度を相手が示したときに行います。もう1つは、スピリットとしての是認です。面接する側(治療者や上司)は、相手が持っているリソースや強みに注目し、本人に気づかせるように働きかけることが大切です。

例)

  • 今週、あなたは早めに出勤しようと努力してきましたね!(行動としての是認)
  • うまくいかないことが続いたけど、なんとかしようと考え続ける姿に粘り強さを感じました。(スピリットとしての是認)

③ 聞き返し(Reflecting)

聞き返しにも“単純な聞き返し”と“複雑な聞き返し”の2つがあります。単純な聞き返しとは、名前の通り、相手の発言をそのまま、あるいは少し言い換えて返すスキルを指します。一方、複雑な聞き返しとは、相手が発言していないことやこの後続けて出てきそうな内容を面接する側が推測して付け加えて返すスキルです。

例)

『お断りされ続けていた担当者さんのアポイントが取れました!』と部下が報告してきたとき…

  • おぉ!アポイントが取れたんですね。(単純な聞き返し)
  • おぉ!ついにアポイントが取れて、これまで着実にやってきた成果が出ましたね。(複雑な聞き返し)

④ 要約(Summarizing)

話してきたことをまとめます。これは現在の状況・状態の整理に加え、次のアクションに繋げる役割を果たします。

例)

職場の人間関係に悩む部下から相談を受けたとき…

  • あなたは相手の『~~』という発言に圧を感じて萎縮してしまったんですね。その人のいるミーティングに不安を感じる一方で、そういう話し合いの場で意見を適切に出せる自分になりたいという思いもあるんですよね。

上記4つのスキルを、頭文字を取って‟OARS“と呼びます。これらは1 on 1ミーティングなどの機会に使いやすいだけでなく、普段のちょっとしたコミュニケーションでも活用可能なものです。

 

動機づけ面接を活用したケース


最後に、ちょっとした架空事例で動機づけ面接のおさらいをしましょう。

入社2年目のAさん。仕事のクオリティは悪くありませんが、活力はなく、やりがいを感じているようには見えません。そんなAさんと直属の上司・Bさんの会話です。

B(上司)『最近仕事はどう?』(開かれた質問)

A(部下)『これと言って特に何もないですけど…』

B『特に何もないのね。困ったこととか失敗しちゃったなとか、大きな問題はなくこなせているんだね』(単純+複雑な聞き返し)

A『多分それなりにやっていると思います』

B『2年目になって任せる業務も増えてきているけど、最近頑張ったこととかちょっと大変だったことってどんなことがある?』(開かれた質問)

A『そうですね…新しい業務も回数を重ねて慣れてきたし、頑張ったとか大変だったとか思うことはあまりないです』

B『そっか。業務がしっかり身について、安定してこなせている証拠だね』(複雑な聞き返し)

A『まぁ、それなりには…』

B『今のところ、Bさんにとっては仕事で不満だったり不安に思っていたりすることは全くないかな?』(複雑な聞き返し)

A『不満というか…自分に対してこのままで大丈夫?と思うことはなくはないですね』

B『このままで大丈夫?というのは?聞いても良いかしら』(開かれた質問)

A『なんと言うか…1年目のときの一生懸命さ、必死さが最近の自分にはないなぁと思うことがあって。このまま淡々とやっていって良いのかなって、漠然と思っているだけなんですけど…』

B『漠然と、このまま淡々とやっていって良いのかな、かぁ。どんなときにそう思うの?』(単純な聞き返し+開かれた質問)

A『新入社員の働きぶりを見たときとか、同期が良い成績を残したときですかね。自分もただこなすだけじゃなくて、もっと必死になった方が良いのかなとか思います』

B『新入社員や同期と自分とを比較して、もっと必死になった方が良いのかなって思うんだ』(単純な聞き返し)

A『そうですね。今のままでも別に困ってはいないんですけど、なんとなく置いていかれる感じというか…』

B『その‟置いていかれる感じ“っていうのは、感情としてはどんなものなの?』(開かれた質問)

A『焦りみたいな…周りが気になる感じですかね』

B『なるほどねぇ。焦って周りが気になると、気持ち的にも落ち着かなそうだなぁ』(複雑な聞き返し)

A『そうですね。焦ってもどうしようもないし、あまり気にしないようにはしているんですけど…』

B『Aさんは現状にすごく困っているわけではないけれど、周りにいる人たちの影響もあって、このままで大丈夫かな、もっと必死になった方が良いのかなと焦る気持ちが出てくるんだね。周りを気にしすぎず落ち着いて仕事ができると、Aさんのパフォーマンスはもっと上がる可能性があるんじゃないかな。そのあたりを一緒に考えてみるのはどうだろう?』(要約)

A『そうですね…はい』

B『例えばだけど、いろいろ試してみた結果、今教えてくれたような焦りとか周りが気になる感じとかがなくなっていたら、そのときのAさんはどんな感じになっていると思う?』(開かれた質問)

A『どうだろう…今よりもっといろいろな仕事に力を入れたり楽しめるようになったりする…とかですかね』

B『今やっていることに加えて他の仕事にも意欲的にチャレンジしていそうだね。ちょっと想像してほしいんだけど、今やっていることに加えて新しいことにもチャレンジするとしたらどんなことからやっていきたい?』(単純な聞き返し+開かれた質問)

A『何ですかね…今メインでやっている事務関係の仕事は1人で淡々とできるし自分に結構向いているんじゃないかなと思っているんですけど、プロジェクトチームの一員として何かをこなすのはもっと経験してみたいかもしれません』

B『チームとしてプロジェクト成功に向けて取り組む感じね。良いね!他にも考えてみようよ』(是認)

一見やる気のなさそうなAさんですが、実は『変われたら良いけど…』といった気持ちも持っていたのでした。‟変化しないこと(変化したくないこと)“と‟変化させてみたいこと”との間を行ったり来たりするのは、実はよくあることなのです。そんな相手から変化に繋がるような発言(これをチェンジトークと言います)が出てきたら大チャンスです!

 

Aさんのチェンジトークは『このまま淡々とやっていって良いのかなって、漠然と思っているだけなんですけど…』『自分もただこなすだけじゃなくて、もっと必死になった方が良いのかなとか思います』あたりですね。上司であるBさんはそこを逃さず、丁寧にフォーカスを当てて話をした結果、最初は『特に何もないですけど…』と答えていたAさんから今後チャレンジしたいことを引き出し、今後の計画を具体的に立てていくというアクションに繋げたのでした。

 

参考・引用文献


 

【執筆】

若丸(公認心理師・臨床心理士・健康経営エキスパートアドバイザー)

若丸記事一覧

ワーク・エンゲージメントが低い、端的に言えばやる気がない(ように見える)従業員もいると思います。ただ、そのまま‟やる気がない人“という認識で従業員を見てしまうのはリスキーです。Aさんのように、一見やる気が感じられなくても実は悩みや迷いを抱えていてパフォーマンスが発揮できていないのかもしれません。

そんなときにその従業員の強みやリソースを引き出せるのは、その人の働きぶりを近くで見ている上司・管理職だからこそできることなのかもしれません。根気強さもかなり必要な動機づけ面接ですが、上司・管理職の皆さん、腕の見せ所です!

 

【監修】

本山真(日本医師会認定産業医|精神保健指定医|医療法人ラック理事長)

 

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