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タグ : 俊介(公認心理師・臨床心理士) , 産業精神保健
2025年4月11日
最終更新日 2025年4月11日
目次
近年、「心理的安全性を高める」ことについて各企業のなかで様々な取り組みがなされています。心理的安全性を高める試みは非常に重要な概念であり、当法人のブログでもご紹介しています(参考:産業医監修【心理的安全性の高め方】パフォーマンスが高まるリーダーシップ)。一方、『組織の心理的安全性が高いにも関わらず、なぜか若手社員が離職してしまう』といった、一見矛盾するようなトレンドがあることも事実です。
『キャリア安全性』という概念を理解することで、両者の関連性がクリアになるかもしれません。
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キャリア安全性とは、エイミー・エドモンドソン(Amy Edmondson)が提唱した「心理的安全性」に対応して、古屋(2023)が提唱した概念であり「自身の現在・今後のキャリアが今の職場でどの程度安全な状態でいられると認識しているか」と定義されます。
心理的安全性 | キャリア安全性 |
仕事をする上での安全性(安心感) | 自身のキャリアプランに対する安全性 |
心理的安全性が「会社の風通しやメンバーへの信頼感、失敗を許容し合え、自身の存在感を働きながら感じられる環境」といった「仕事をする上での安全性(安心感)」を表すのに対して、キャリア安全性は「自身の現在・今後のキャリアが今の職場でどの程度安全な状態でいられると認識しているか・自身のキャリアの選択権を保持し続けてられるかという認識」といった「今の仕事をするなかで自身のキャリアプランに安全性を感じられるか」を表す概念として提唱されています。
心理学の分野ではキャリア安全性という言葉での検討はまだあまりなされていませんが、キャリア理論という形で関連したキャリアに関わる問題への検討は様々な角度からなされています。
古屋(2023)によれば、キャリア安全性という概念は以下の3つの視座に分けて考えることができます。
「このまま所属する会社の仕事をしていても成長できないと感じる」といった時間軸に基づいて将来のキャリアの見通しについて考える視点を時間視座といいます。キャリア安全性が担保されると「この仕事を続けていれば、ゆくゆくはこんな面白いキャリアが開けるかも!」と現職場における仕事への意味合いについて価値をつけることができます。
「自分は別の会社や部署で通用しなくなるのではないかと感じる」といった”市場全体との比較の中でキャリア”について考える視点は、市場視座と定義されます。例えば「会社が倒産してしまったといった状況でも、他社に就職して働くことの出来るスキルを持っているのか…?」といった不安はこの視座に基づくものだと言えます。
比較視座は「学生時代の友人・知人と比べて、差をつけられているように感じる」といった不安に代表される”同世代他者との比較を今の職場でどの程度解消できるか”といった見方で考えることを指しています。例えば学生時代の同級生から「今こんなことしてるんだよね」と現在の活躍についての話を聞かされたり、SNSで同年代が活躍する場面を目にされたりすると「私ってこのままでいいのだろうか…」と感じたりするでしょう。これが比較視座です。
※現代は、旧来であれば目にすることのなかった他人の成功が、SNSにより可視化される社会です(関連項目:【精神科医監修】SNSの心理学ーSNSとの健康的な付き合い方ー)。
上記3つの視座を総合してキャリア安全性という概念は構成されています。キャリアに対する自身の視座について振り返ってみてもよいかもしれません。
心理的安全性への取り組みをしている企業においても離職率が下がらない事例があるという一見矛盾する減少について、古屋(2023)は心理的安全性とキャリア安全性の両方が高いことが若手社員のワークエンゲージメント・組織コミットメント力の向上・離職意向の減少につながると解説しています。
著書による調査では、心理的安全性とキャリア安全性がともに高い「Secure(安全)」な職場と、心理的安全性は高いがキャリア安全性が低い「Loose(ゆるい)」な職場では、若手社員のワークエンゲージメントに大きな差が認められています。もちろん両者が低い「Dangerous(危険)」な職場や、キャリア安全性だけ高い「Heavy(ハード)」な職場と比較しても、「Secure(安全)」な職場が若手社員のワークエンゲージメントが高いようです。
※ちなみに年収水準や労働時間、入社前の職業生活志向(キャリア志向)といった変数はあまり関連がないようです
即ち、これからの職場は、組織マネジメントや法令遵守、ハラスメント対策を通じて心理的安全性を高めることは必須であり、且つ、キャリア安全性を高めるアプローチに着手する必要があるということです。
日本の復興を支えた終身雇用制度は時代の流れのなかで崩壊し『ひとつの会社に就職できれば、定年までは安泰』といった価値観そのものが消滅しました。終身雇用・年功序列が約束されていた世界線であれば、そもそもキャリア安全性という概念そのものが生まれていなかったでしょう。
“不確実性の高い現代社会”へ適応しようとするアクションの一つが、キャリア安全性の志向だと言えます。ただ右往左往したり、現実逃避するのではなく”不確実性が高い社会をいかに生き抜くか”という前提に基づく構えなわけですから、積極的対処の一つですよね。”時代の変化”という個人の力が及びにくいストレッサーに対して現実的な対処方法を充てることは、ストレス対処の観点からも非常にたくましい在り方だと言えます。
注意すべきポイントは、キャリア安全性の志向は不確実性の高い社会を生き抜くための手段であり目的ではないということです。社会が確実であれ不確実であれ、そもそも100%安全性が担保されているものなど存在しません。100%の安心感を得るためにキャリア安全性を追い求めるというサイクルにはまってしまうと、根底にある不安は解消されないばかりか増幅するかもしれません。
時代の流れの中で社会は変遷し続けます。いずれキャリア安全性に取って変わる何かが生まれるでしょう。所謂若者たちに”社会はどう見えているのか”、そして若者たちは”その社会をどう生き抜こうとしているのか”。VUCA時代における企業には”若者が生きている世界の解像度を高める意識”が必要なのでしょう。
最後に、企業の視点に立ち『どうやってキャリア安全性を高めていけばよいのか?』について考えていきたいと思います。
古屋(2023)によれば、若手社員の自己効力感を高めることを通じて、活躍できているという感覚が醸成され、結果「将来もここでがんばりたい」という思いにつながるようです。これは心理的安全性を高めるアプローチとも関連しています。先述の通り、キャリア安全性とは”不確実性に伴う不安への対処方略の一つ”なわけですから『やればできる』という感覚の醸成が有効であることは理解しやすいですよね。
“終身雇用が保証されていた時代”と”終身雇用が崩壊した時代”、それぞれを生き抜く上での苦労やハック、キャリアパスとの間には、両者に共通した普遍性を持つものもあるでしょうし、ゼロベースで考えなくては見えてこないものもあるでしょう。時代は常に変遷します。これまでの成功がこれからの成功を保証するわけではありません。
一人一人の若手社員に寄り添いつつ、何がその社員の自己効力感やワークエンゲージメントにつながるのか、詳しく話を聞きながら検討していくという構えが大事なのでしょう(関連項目:【共感とは?】心理学の観点から共感を理解する|精神科医監修ブログ)。
特に漠然としたキャリア不安を抱えている若手社員に対しては、将来のキャリアについて考える時間を設けることが効果的かもしれません。不安が高まっているときは、焦りやイライラが邪魔をして、将来へと建設的に目を向けることが難しくなりがちです。”何がどのように不安なのか”がある程度整理されたうえで(換言すれば不安に正しく向き合うことができたうえでで)、現在の職場にてどんな仕事ができる(挑戦できる)のか、明示し、本人のキャリアパスと結びつけるようなミーティングを設けてみましょう。
参考文献
【解説】 俊介(公認心理師・臨床心理士) 今回はキャリア安全性という概念について紹介してきました。少し先の未来もどうなるかわからない不安定な時代だからこそ、キャリア安全性は大事な概念であるように感じました。一方でその安全性が完全に満たされるものでもないとも感じ、多くの人と意見を交換したり、様々な理論にあたって考えることが大切なようにも感じました。
【監修】 本山真(株式会社サポートメンタルヘルス代表) 精神科医師、精神保健指定医、日本医師会認定産業医 東京大学医学部卒業後、精神科病院・精神科診療所における勤務を経て、埼玉県さいたま市に宮原メンタルクリニックを開院。医療法人ラック理事長として2018年東京都足立区に綾瀬メンタルクリニックを開院。2019年メンタルクリニックにおける診療から見えてくる社会課題を解決するため株式会社サポートメンタルヘルス設立。 |