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精神科医監修|歴史から紐解くメンタルヘルスにおけるリカバリーとは?

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2023年1月27日

メンタルヘルスにおけるリカバリーの歴史について精神科医監修で解説します

 

ーテレビ番組で「リカバリーストーリー」というものを取り上げていたのを見ました。英単語としての「リカバリー」と「ストーリー」の意味は知っていましたが、2つがつながるとどういう意味になるのだろうと気になりながらその特集を見てみると「心の病気から立ち直った人の経験談」だということが分かりました。当事者が語ることで、発病から回復過程を経て現在に至るまでのつらさ、不安、希望などがリアルに伝わるため、リカバリーストーリーを見聞きすることは“苦しんでいるのは自分だけじゃないんだ”と孤立感の緩和や前向きな気持ちを引き出す要素になるなど、同じような不調に苦しんでいる人々の回復につながる効果も期待できるそうです。

【参考】それぞれのリカバリーストーリー|COMHBO(地域精神保健福祉機構)

 

心の病気は生涯で5人に1人がかかると言われており、少し前のデータにはなりますが、2017年には日本国内で通院や入院により心の病気の治療を受けている人は約420万人、人口のおよそ30人に1人はそのような状態にあるとの統計が出ていました。近年ではコロナウイルスによる生活不安、不況による労働環境の悪化、平均寿命が延びたことによる認知症の発症も心の病気につながる一因として考えられています。つまりメンタル不調は誰にでも起こりうる身近なものだということです。今回はメンタル不調からの回復に関する話題として『リカバリー』を取り上げます。

 

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メンタルヘルスにおけるリカバリーとは


そもそもリカバリーとはどのような概念なのでしょうか。リカバリーという言葉自体は日常会話の中でも“回復”や“修復”というような意味合いで使うことがあるかもしれません。本ブログではメンタルヘルス(精神保健領域)におけるリカバリーを取り扱います。

 

精神障害のリハビリテーション運動創始者の1人であるアンソニーが1993年に発表した定義では「個人の態度、価値観、感情、目標、技能や役割などを変える人それぞれ固有のプロセスであり、病気による制限があったとしても、満たされ、希望に満ち、貢献する生活を送ること。精神疾患の影響を超えて成長しながら人生における新たな意味と目的を見つけること」と表現されており、病気や障害を持っていても、自分の人生や生活を取り戻すことができる、という信念に基づいています。ただしこれは、病気や障害で失ったものを回復することを指しており、必ずしも病気の治癒や障害の消失を意味するものではありません。治療によって病状や苦痛を和らげることはもちろん大事なことですが、症状をなくしたり治療目標を達成したりすることよりも、患者自身が“こういう生活をしたい”と夢や希望を持ち、そのような主体性に基づく行動を周囲が支える過程の方が重視されるのです。

 

メンタルヘルスにおけるリカバリーの歴史


こういったリカバリー論の出発点は、1960年代に欧米で始まった脱施設化にあります。元々アメリカでは精神疾患を有する人を強制的に精神科病院に入院させ、本人が望まなくても治療を受けさせていました。これが施設化です。しかし、国家予算に対する負担が増加したことから、施設ではなく地域へと患者の居住の場を移す動きが始まりました。それを受け、1970年代には地域生活支援システムやリハビリテーションの試みが開始され、セルフヘルプ(自己管理)やピアサポート(仲間同士の支え合い)の活動も盛んになりました。このような脱施設化の流れに乗り、リカバリーの概念もちょうどこの頃に誕生したのです。地域生活支援システムやリハビリテーションは1980年代にはほぼ体系化され、リカバリーという言葉も言及されるようになり始めました。そして欧米を中心に徐々に国際的な広まりを見せ、2000年代には日本でも重視され始めると2010年代には世界的な潮流となり、現在では支援目標概念としてとらえられるようにもなっています。そもそもリカバリー論の始まりは精神障害を経験した人自身の手記だったので、まさに「リカバリーストーリー」が原点だったと言えます。

 

 

ボストン大学リハビリテーションセンターのリカバリー教育では、精神疾患をもつことによる影響として、①自己感覚の喪失、②結びつきの喪失、③力の喪失、④価値ある役割の喪失、⑤希望の喪失の5つを挙げています。そしてこの5つのそれぞれを再獲得することがリカバリーの道だとしています。リカバリーに向かう最大の障壁は偏見であり、大切なことはどのような境遇においても可能性を感じる希望を持ち、主体性をもって自分にとって必要なことを知り、学び、その必要なことを手に入れるための対話をすること、また、サポートし合う関係性を育み、どの段階からでも遅くないので一歩を踏み出すことだとしています。

 

メンタルヘルスにおけるリカバリーアプローチ


リカバリーに向かう人々を助ける疾病自己管理プログラムの1つにWRAP(ラップ:Wellness Recovery Action Plan:元気回復行動プラン)と呼ばれるツールがあり、こちらも当事者発のプログラムとしてアメリカで生まれました。精神的な困難を抱えた人たちが自分らしく健康であり続けるための知恵や工夫を蓄積して作る、いわば自分の取扱説明書のようなものです。“道具箱(ツール)”と呼ばれる、リカバリーに必要な行動プランの中身は人それぞれ。元気に日常生活を送るために行っていることや調子を崩す前のサイン、きっかけとなりうる状況や出来事などを土台として、好きなものや場所、安心や活力を与えてくれるもの、健康を保つもの、しない方が良いこと、体調が悪くなりそうなときにできることなどを考えます。そうすることによって、元気な状態を維持し、不快な気分や行動への気付きを高め、不調に陥ったときには回復を促す役割を持ちます。認知行動療法やソーシャルスキルトレーニングとも似ていますが、両者ほど訓練的・教育的要素が強くないのがWRAPの特徴です。自分の考えだけではなく周囲からの意見も含めてこのプログラムを作成することで、自分自身に合った対処法を知り、予防のための実践として活用することもできます。

 

その他にもリカバリーの促進につながる資源として、医療福祉の治療的アプローチではなく教育モデルプログラムを主体的に学ぶことを目的とする「リカバリーカレッジ」、職を探したり、仕事を続けたりするための個別的な支援を受ける「個別就労支援プログラム」、個人や環境の強みを最大限に活用させる「ストレングスモデル」など、多様なケアが実践されています。

関連項目:地域生活中心の支援モデル構築に向けた、全国の地域支援事業の実態調査とシステム構築に向けた調査研究(厚生労働省)

 

 

精神科医本山コラム|リカバリーと精神科の歴史


今回のテーマはメンタルヘルスにおけるリカバリーでした。日本におけるリカバリー概念の変遷は、精神科医療の歴史そのものだと言えます。解説していきましょう。

 

精神科医療は長らく統合失調症(Schizophrenia)を主な対象としてきました。統合失調症は幻覚妄想を代表とした陽性症状、感情の平板化や意欲低下といった陰性症状、認知機能障害を伴う精神疾患の一種であり、概ね100人に1人の割合で出現します。2002年に精神分裂病から統合失調症へと呼称が変更されました。現状の統合失調症概念をもって情報を整理したとき『統合失調症だったのではないか』と考え得る歴史上の人物は少なくありません。つまりかなり昔から統合失調症は存在していたのでしょう。一方で、統合失調症を疾患として捉える試みが始まったのは1899年とたった100年前のことだったりします。医学、心理学、生物学など様々な専門家によって疾患概念の整理が進むなか、1950年代にクロルプロマジン(Chlorpromazine)という抗ヒスタミン薬(アレルギー性鼻炎に使うお薬です)を統合失調症の幻覚妄想に使ってみたところ偶然効いた(!)ことから、統合失調症への薬物療法の歴史が始まります。

【参考】統合失調症の仮想史

 

【画像引用】音が気になる…これって病気なの?聴覚過敏の世界

 

薬物療法が体系化されるまでは、(特に)陽性症状に対する有効なアプローチが確立されていなかったため、やむを得ず収容型のアプローチが主流となっていました。陽性症状が概ねコントロール可能になることで収容から社会へという流れが加速していきます。社会で生活するためのトレーニング(生活機能訓練:SST)が盛んになっていったのもこの頃です。メンタルヘルスにおけるリカバリーについてはClinical Recovery(臨床的リカバリー)とPersonal Recovery(パーソナルリカバリー)という2つの観点が重要ですが、ここまでの流れは前者の臨床的リカバリーを指します。

【参考】精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的視察

 

臨床的リカバリーが専門職主導の治療を内包する発想であるのに対し、パーソナル・リカバリーは、当事者中心という特徴を持ちます。当事者自身が『自分の人生をいかに考え、今後どう生きていくか』という概念なんですね。この『自分の人生』は”病であること、病であったこと”を内包します。臨床的リカバリーは『病になる前の状態に戻すこと』が目標になりがちですから、コンセプト的に大きく異なることがおわかりいただけるかと思います。

 

 

”病であること、病であったこと”を内包したリカバリーと聞くと壮大なイメージをお持ちになるかもしれませんが、実際は非常に日常的な営みだったりします。例えば、連日の無理が祟り風邪を引いてしまって仕事を休むことになったとします。同じような無理をすれば、また体調を崩す可能性は高いわけで、仕事の効率化を図ったり、仕事量の調整を心がけたりしますよね?実際、メンタル不調による休職を通じ、それまでの仕事中心の生活を振り返り自分の人生における仕事の在り方や生きがいを見つめ直す、といったアクションはよく見られるものです。これがまさにパーソナル・リカバリーの骨子です。今後、パーソナル・リカバリーに関する知見が蓄積されることで、より醸成されたリカバリー概念が育まれていくことを祈っております。

 

【解説】

ふ~みん(公認心理師)

リカバリーストーリーは手記に限らず、絵本や歌の歌詞として表現され、インターネット上では投稿を紹介しているページもあるようです。

もし自分自身が精神疾患にかかったら…最初は悲観的、後ろ向きになるかもしれませんが、その先のリカバリーを目指して様々な支援を頼ってみるのも1つの方法である、ということを頭の片隅に置いておくと良いかもしれませんね。

ふ~みん記事一覧

 

【監修】

本山真(精神保健指定医/日本医師会認定産業医)

2002年東京大学医学部医学科卒業。2008年埼玉県さいたま市に宮原メンタルクリニック開院。2016年医療法人ラック設立、2018年には2院目となる綾瀬メンタルクリニックを開院。メンタルヘルス向上においては、医学的なアプローチに加え、より身近な生活面へのアプローチが重要だと考え至り、2019年株式会社サポートメンタルヘルス設立。

 

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