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精神科医監修|なかなか治らない痛みに慢性疼痛の認知行動療法

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2024年6月21日

最終更新日 2024年8月2日

なかなか治らない痛みを解消する”慢性疼痛の認知行動療法”を解説

【解説】

chico(公認心理師・臨床心理士)

疼痛とは、簡単に言えば痛みのこと。腰、膝、首、頭……体の様々な箇所で生じ得る感覚ですが、「痛い」という感覚によって、私たちはそこで異常が起きていると気づくことができます。どこがどう異常なのか分かれば、適切な対応によって痛みは取り除けるのですが、異常の原因が分からない時や、簡単に治療できない時、痛みは長く続くことになります。

こんなとき、認知行動療法という心理療法が効果的であるとされています(慢性疼痛治療ガイドラインより※1)。

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慢性疼痛とは?


疼痛とは”痛み”のことです。疼痛は大まかに急性と慢性に分けることができます。

急性疼痛:怪我などを機に始まり、数日から数週間でおさまる痛みのこと。重くズーンとした痛み方をします。一般的には、鎮痛薬で症状を抑えることができます。

慢性疼痛:数か月~数年間続く痛みのこと。神経系の損傷や圧迫、機能障害が原因とされ、傷や炎症は見えません。謂わば”治らない痛み”ですね。

 

今回のコラムで取り上げるのは慢性疼痛です。慢性疼痛は、痛みによる直接的な不具合だけではなく、気分の落ち込み、睡眠障害、食欲の減退、活動意欲の低下といったメンタル不調・心理的問題を引き起こしやすいことが知られています。慢性疼痛患者の18%、疼痛専門外来の患者に限っては52%がうつ病を罹患していたという報告もあるんです(※2)。さらに慢性疼痛によって引き起こされた心理的問題は、痛みを悪化させたり、痛みの感じ方を強くしたり、痛みそのものを増悪させます。ある研究によれば、不安感や抑うつ感によって、7~20か月後の痛みの程度や生活上の問題を予測できるそうです(※3)。

 

つまり慢性疼痛に悩んでいる方は、痛みそのものに加え、疼痛に伴う様々な問題によっても苦しめられているんです。統合失調症や腎不全などの患者さんよりも、生活の質、いわゆるQoL(Quality of Life)が低いという研究結果もあるほどです(※4)。今回ご紹介する慢性疼痛の認知行動療法は”痛みを綺麗さっぱり取り除く”といった身体的な問題の直接的な解決を目指すのではなく“痛みを含めた生活全体の質向上”という観点から慢性疼痛へとアプローチする方法です。

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認知行動療法とは


認知行動療法とは精神療法/心理療法の1つで、うつ病、パニック障害、不眠症、摂食障害、依存症など、様々な精神疾患に対して効果があると実証されています。ちなみに認知行動療法の起源である行動療法が”人の様々な習慣の改善”を対象としていたため、認知行動療法の対象は心の困りごとに限定されません(行動療法において心の困りごとは”困りごとにつながる行動や考えの習慣によって生じている”と考えるのです)。糖尿病や生活習慣病、そして慢性疼痛に対しても効果があると報告されています。

【参考】

 

認知行動療法とは具体的にどんなことをするのでしょうか?まずは、問題を【身体・認知・感情・行動】の4つに分けて理解し、どのような悪循環によって問題が続いているのか分析します。

 

慢性疼痛に当てはめて考えてみましょう。

「腰痛持ちのAさん。今日は午後から家族と外出する予定です。腰に少し不安を抱えながらも、久しぶりの外出を楽しみにしていました。しかし朝、腰に違和感が…。」

 

このときAさんの中で起きていることを整理してみると、まず「痛み」という【身体】の反応があります。次に頭の中では「また痛くなった…やっぱり治らないんだ…こんな状態では到底外出できない!」という言葉がぐるぐる。このような考えやものの捉え方を【認知】と言います。そして心には「悲しい…情けない…苛立たしい」といった【感情】。最後に「外出をやめる」という【行動】がでてきます。

 

 

慢性疼痛では行動の範囲が狭くなってしまうことが多々あります。もちろん、体に負荷がかかるような激しい行動は避けるべきですが、負荷の軽い行動であっても『痛みが生じるのでは?』『痛い気がする』『痛くなったらどうしよう』といった【認知】や【感情】によって避けてしまうことがあるのです。治らない痛みに翻弄され、やりたいさえできない生活になってしまいがちなんですね。どんどん楽しいことがなくなり、気分が落ち込んでいくのは想像に難くないと思います。疼痛のことで頭がいっぱいになり、「痛くなりそうだ」という不安だけで行動できなくなったり、そこまでの痛みでなくても「痛すぎる!」と感じるようになったり、悪循環にはまっていくというメカニズムです。

 

認知行動療法では、こういった悪循環から抜け出すために、治療者と一緒に認知や行動の改善を試みていきます。

 

なかなか治らない痛み”慢性疼痛”に対する認知行動療法


シンプルに言ってしまえば、認知行動療法では疼痛を「痛みに苦しみがくっついているもの」と捉えます。急性の疼痛であるほど「痛み」の割合が大きく、慢性であるほど「苦しみ」の割合が大きくなるというイメージです。「痛み」と「苦しみ」をバランスよくケアすることで、痛みがあっても痛みに振り回されることなく、日々の生活を充実させていくことができます。「痛み」は適切な服薬や運動、マッサージなどによってケアを行い、「苦しみ」は考え方や行動を変えていくことでケアしていくのです。

 

例えば一日の行動とそのときの痛みを記録することで、「趣味に没頭している間は痛みを忘れていた」「今日は散歩ができた」など、それまで気付けなかったポジティブな事実に注目します。こうした試みを続けることで「痛みのせいで何もできない」から「痛みがあってもやれることはある」と考え方を変えていくことを目指します。ストレスが強い状況では、誰でも考え方が偏ってしまうもの。「何をやってもどうせずっと痛いままだ」「ちょっとしたことでも痛くなってしまう」と思う方も多いことでしょう。自分の体で起きている痛みを正しく理解して、悲観的でも楽観的でもなく、現実的な考え方ができるように練習していきます。

 

 

考え方を変えることが難しければ、行動から変えてみることもできます。簡単な運動を少しずつ始めてみたり、1日に30分必ず趣味の時間をとってみたり。何らかのアクションを起こすことで、気分の落ち込みの回復や、疼痛悪化の予防につながることが期待されます。

 

慢性疼痛に対する認知行動療法のエビデンス


治らない痛みである慢性疼痛に対する認知行動療法の研究はすでに多く行われており、その効果が実証されています。「ランダム化比較試験」と呼ばれる信頼性の高い研究、さらには複数の研究をまとめて効果を確かめる「メタ分析」でも検証されています。こうした結果を総括して、2018年発表の慢性疼痛治療ガイドライン(※1)では、慢性疼痛に対する治療において認知行動療法がエビデンスレベルと推奨度の両方で最高評価を得るに至りました。

 

例えば、頭痛を除く慢性疼痛を対象とした研究(Williams ACら, 2012)では、認知行動療法によって、痛みの強さ、QoL、気分や考え方の改善に効果が見られました。長期的にみても、QoLや気分の改善は続いていたようです。性の腰痛を対象とした研究(Khan Mら, 2014)では、認知行動療法を運動療法と併用することが試みられました。運動療法だけ行った患者も、認知行動療法を併用した患者も、両者で効果があったものの、治療後3か月経ってもう一度調べてみると、運動療法と認知行動療法を併用していた人の方が、痛みの強さや生活の問題がより改善していたということです。

上記2件の研究は、慢性疼痛治療ガイドラインで紹介されているものです。

 

最後に、2021年に発表された論文(※5)をご紹介します。この論文では不眠と疼痛の関係性に注目し、不眠専用の認知行動療法を疼痛患者に行った研究14件を分析しました。分析の対象となったのは患者762名分のデータです。結果、睡眠だけでなく、痛みと抑うつ感にも改善の効果があったと示されています。

 

心と体は繋がっています(精神科医監修|体の病気とメンタルヘルスー心と体はつながっているー)。痛いから苦しいし、苦しいからもっと痛い。相互に作用する関係にあるということは、どちらも良くしていくことができるということです。認知行動療法は、心(認知)だけでなく体にも注目することを得意としています。治らない痛みに翻弄される毎日を、痛みをコントロールする毎日へと変容させ、日常を手中に収める。そんな治療法のご紹介でした。

 

引用文献


※1 慢性疼痛治療ガイドライン作成ワーキンググループ(2018)慢性疼痛治療ガイドライン 真興交易(株)医書出版部

※2 Bair MJ, Robinson RL, Katon W, Kroenke K.(2003)Depression and pain comorbidity: A literature review. Arches of Internal Medicine, 163, 2433-2445.

※3 Lerman SF, Rudich Z, Brill S, Shalev H, Shahar G.(2015)Longitudinal associations between depression, anxiety, pain, and pain-related disability in chronic pain patients. Psychosomatic Medicine, 77, 333-341.

※4 Inoue S, Kobayashi F, Nishihara M, Arai YCP, Ikemoto T, Kawai T, Inoue M, Hasegawa T, Ushida T.(2015) Chronic pain in the Japanese community-prevalence, characteristics and impact on quality of life. PLoS One, 10, e0129262.

※5 Selvanathan J, Pham C, Nagappa M, Peng PWH, Englesakis M, Espie CA, Morin CM, Chung FC.(2021)Cognitive behavioral therapy for insomnia in patients with chronic pain – A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials, Sleep Medicine Reviews, Volume 60.

 

参考文献


  • 千葉大学大学院医学研究院 慢性疼痛の認知行動療法プログラムhttps://www.cocoro.chiba-u.jp/pain/program.html
  • 岩佐和典(2019)慢性痛に対する認知行動療法 心理学ワールド84号
  • James C. Watson(2022)痛み MSDマニュアル家庭版
  • James C. Watson(2020)疼痛 MSDマニュアルプロフェッショナル版
  • 木村 慎二, 細井 昌子, 松原 貴子, 柴田 政彦, 水野 泰行, 西原 真理, 村上 孝徳, 大鶴 直史(2018)運動器慢性疼痛に対する認知行動療法理論に基づいた運動促進法 The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine 55(3)号 pp.206-214.
  • 松岡 紘史(2019)慢性痛の心理社会的モデル 心理学ワールド84号
  • 認知行動療法センター 認知行動療法(CBT)とはhttps://cbt.ncnp.go.jp/contents/about.php
  • VIATRIS 疼痛.jp https://www.toutsu.jp/

※ウェブページは全て2024年3月14日に参照した。

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