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タグ : TAKUYA(公認心理師・臨床心理士) , メンタルヘルス
2023年5月12日
回避という言葉,皆さんご存じでしょうか?
意味は知っているけれど,日常生活で頻繁に使う言葉ではないですよね。広辞苑によると,回避のその意味は「身をかわして避けることと」とあります。読んで字のごとく,まさに回って避けて,衝突しないようにしているわけですね。厨二病な私は,回避と聞くと映画やゲームなどのアクションシーンがどうしても思い浮かんでしまいます。日常生活でアクション的な回避をとることはあまりないですが,実は日常生活における回避というものはごくありふれたものなのです。
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例えば,同じ室内にものすごくイライラしていて今にも暴れだしそうなAさんがいるとします。こんな状況に遭遇した場合,あなたはどうしますか?
ー「その部屋から退出する」
ー「その人を刺激しないように静かに過ごす」
…などが頭に思い浮かんだのではないでしょうか。
もし「このまま居続けること」や「刺激する」といった行動を選んだ場合,Aさんが突然暴れだして自身に危害が及ぶかも,といった不安感は拭えません。何もしてないのに言いがかりをつけられるかもと怯えたり,むしろAさんに感化されてイライラする人もいるかもしれません。そもそも,イライラしている人と一緒にいるとこちらも落ち着かず,居心地悪く感じるでしょう。
ところが,上記の行動を「部屋から出ていく」や「静かに過ごす」といった行動に置き換えるとどうでしょう。少なくとも爆発しそうなAさんとは距離を置くことができます。すると先ほどまであった不安感や居心地悪さは和らぎ,むしろ安心感を覚えるでしょう。
こういった「不快や不安を引き起こす行動」を「和らげる行動」へ置き換えることを心理学では「回避」と呼びます。適切な状況における回避は,危険から逃れる上でとても有用で自然な反応とされています。上記の例でも,危険にさらす行動を和らげる行動へ置き換えることで,自身の心身の安全を守っているのです。
ではこちらの例はいかかでしょうか。
ドラマや漫画などでおなじみの「勉強の前に部屋の掃除から」というシーンです。今日分の宿題や試験の前日など,やらなければならないものが目の前にある状態で「集中するために部屋を掃除するぞー!」というアレです。部屋はキレイになったけど,勉強は一切進んでいない.…なんてことはよくあるオチですね。皆さんの中にも同様の経験をお持ちの方はいらっしゃるかと思います(私はよくあります。)。
上記の例の場合,不快や不安を引き起こす行動が「宿題」で,それを和らげる行動が「掃除」にあたります。掃除をすることで,勉強への不安・不快感から回避しているわけですね。しかし掃除をしたところで勉強は進んでいませんので,この場合の掃除は役立っていない行動になっています(部屋はキレイになっていますが)。
回避はある状況では適応的な(つまり役立つ)行動です。ただし,常に回避するだけでは問題を解決できない場合があります。回避することによって,解決しなければいけない問題を先延ばしにしてしまうと,いつまでも状況は改善せずむしろ悪化してしまいます。さきほどの勉強の例を取ると,結局徹夜して寝坊にしてしまったり,赤点をとってしまったり,怒られてしまったりという状況に繋がりかねない,ということです。
回避行動には,気分が楽になるという短期的なメリットと,根本的な問題解決に至らないという長期的なデメリットがあります。適切な状況で回避することは有用ですが、問題を放置することにならないよう、バランスを保つことも重要です。
ちなみにこの回避ですが,必ずしも本人の意図的な行動ではあるとは言えません。意識されない自動的な思考過程のもと回避行動はとられています。つまりは,回避行動は習慣的なものであり,回避行動をとっている本人でさえも,それが回避行動であると捉えることが難しいのです。
ところで,うつのような不調に見舞われている場合,一見適応的に見える回避行動も,病状や状況を悪化・長期化させる要因になり得ることをご存じでしょうか?
こちらも,例を出して考えてみましょう。
うつと診断された女性のBさんには,夫と小学生の息子がいます。朝,夫と息子を見送って振り返ると洗濯物や台所の食器の山が目に入ってしまい,どこから手を付けていいか分からなくなってしまいます。毎朝,自分の無力感に押しつぶされそうになっていました。
倦怠感や疲労感を覚えるとBさんは「今は出来そうにない,気分転換しよう」とソファに腰かけ,好きなドラマを視聴したりSNSなどで友人と連絡を取ったりしていました。Bさんにとって,ドラマの視聴や友人との連絡はBさんの安らぎの時間となっていました。
さて,Bさんにとって安らぎとなっていた「ドラマの視聴と友人の連絡」は,適応的な回避といえるでしょうか。うつを悪化させる回避行動は必ずしも簡単に判断できるものではなく,表面上は適応的な行動に見える場合があります。Bさんの場合,安らぎとなっていたドラマや友人との連絡は,一見すると適応的な行動に思えますよね。
「ドラマの視聴や友人との連絡」が気分転換となって倦怠感や疲労感が軽くなり,洗濯や皿洗いなどの家事を取り組んだり片づけたりできれば,適応的な回避であったと言えるでしょう。しかし,「ドラマの視聴や友人との連絡」によって,家事に手を付けないままになり,それが原因で夫や息子と口論になり,さらに落ち込むことになれば,結果的に適応的な回避であったとは言えません。
後者であれば,何かしらの対策を取らない限り,病状や状況は変わらず,むしろ悪化する可能性があります。このように,その行動が生じた原因や行動の前後関係を見てみると,適応的に見える行動でも,実はそれがうつを悪化させる回避行動であったというケースも少なくないのです。
こういった回避行動に着目し,うつの改善を図る行動活性化療法というものも存在します。
認知行動療法とは?認知再構成法と行動活性化【精神科医監修✕公認心理師解説】
行動活性化療法では行動と気分の関係性や,回避のパターンを洗い出す作業が設けられています。この作業を通して自分の行動が回避行動であったと知り,回避に変わる新たな行動を習得するのです。
この行動活性化療法のなかには「外から内へ」という考え方があります。外は行動,内は感情や気分を表しています。家事や仕事などの日常生活において不快感や不安,苦痛を伴う状況は多々あります。そのような状況であなたが「やりたくない」と感じたならば,「やらない」と行動を控えることでしょう。つまり気分→行動という方向で影響を与えているわけですね。自分の内側の感情が,自分の外側の行動に影響するイメージだと分かりやすいかもしれないです。これが内から外という考え方です。
一方で,不思議なことに,人間はやっていくうちにやる気が出てきたり,楽しいと感じる生き物であったりもします。1枚お皿を洗い出したら,次に次にとお皿を洗いはじめ,シンクの中のお皿をすべて洗い終えていたというという経験はないでしょうか。あるいは,1行だけ本を読んでみたら,数ページ進んでいたというような経験はないでしょうか。少なくとも洗うことや読むことの不安や不快感は,やっていくうちに軽減したのではないでしょうか。
実は,気分と行動は気分→行動の一方通行ではなく,行動→気分という方向でも影響を及ぼすと言われています。なにかをしているうちに,どんどんと気分が乗っていくというように,外の行動変化によって自分の内側に変化を引き起こすことができるのです。やりたくない,面倒くさいと思ったときが,回避行動に陥りそうになっている1つのサインです。意欲はないけどやらねばならないとき,ほんの少しだけやってみるのが回避行動を取らなくなる秘訣なのかもしれません。
【執筆】 TAKUYA(公認心理師・臨床心理士) 行動にどんな名前をつけるかって大事ですよね。回避と名付ければ後ろ向きなイメージが伴いますし、行動活性化療法と名付ければ現状に立ち向かうポジティブなイメージに変わります。気分が沈みがちになるとどうしても後ろ向きな名前を付けてしまいがち。まずは自分の行動や考え方にどんな名前をつけようか、あれこれ考えてみてはいかがでしょうか?
【監修】 本山真(日本医師会認定産業医|精神保健指定医|医療法人ラック理事長|宮原メンタルクリニック院長) |